埋もれ木
2005年作品

イントロダクション
映画「埋もれ木」の舞台は山に近い小さな町。主人公”まち“は高校生である。 多感で、まだ自分の居場所がわからない。
ある日、女友達と短い物語をつくり、それをリレーして遊ぶことを思いつく。
スタートは町のペット屋さんが”らくだ“を買って”らくだ“が町にやって来た、などという無邪気な夢物語。 RPG(ロール・プレイイング・ゲーム)を楽しむように、彼女たちは次々と、そして唐突に物語を紡いでいく。 まちたちが語るファンタスティックな物語は、自分が見えないまま”未来に向かう物語“である。
一方、町に住む大人たちにも物語は存在する。
しかしそれは生きてきたリアリティに裏づけされた自分史で、いわば”過去の物語“。
この二つの物語は直接には交わらず並列して進んでいくが、それぞれの中でなにかが合流し始める・・・。
大雨のあと、町のゲートボール場の崖が崩れて、”埋もれ木“と呼ばれる古代の樹木が地中から姿を現す。
夢と物語と現実とが少しずつ重なり始め、ファンタジーな世界が開けていく。
”埋もれ木“とは埋没林ともいわれるもので、火山噴火によって立ち木のまま地中に埋もれた古代の森である。
この町の地底に、それが脈々と生き続けていたのだ。
撮影は、三重県鈴鹿市にあるNTT西日本所有の研修センター跡地に、全スタッフ、キャストが合宿して行われた。
その敷地は周囲6キロにも及び、1000坪、700坪、600坪の巨大倉庫、宿泊施設等がある。
倉庫は遮蔽されてステージとなり、オープン・セットも含めて、地底の森など20を越すセットがここに建てられた。 今の日本映画では考えられない壮大なスケールである。
CGも多用されていて、撮影後に手を入れられたカットは、全体の3分の1強に及ぶ。
主人公の”まち“は、全国から応募した7000人の中から選ばれた夏蓮(かれん)。
まだ14才ではあるが、深いまなざしが個性的で、類い稀な存在感を示している。
マーケットの人々には、ジャズミュージシャンの坂田明、状況劇場で一世を風靡した怪優、大久保鷹など個性派が顔を揃え、人のいい遊び人の三ちゃん役で、浅野忠信が小栗組に初参加。 また、坂本スミ子が『樽山節考』以来、再び前歯を抜いておばあちゃん役に挑んでいる。
そして、田中裕子、平田満、岸部一徳、中嶋朋子など、ベテランが脇を固めた。
「死の棘」の松坂慶子が1シーン、友情出演しているのも話題である。
スタッフは美術の横尾良嘉、竹内広一、編集の小川信夫、スクリプターの鈴賀慶子が小栗組の常連。 撮影の寺沼範雄、ビジュアル・エンジニアの山口義彦、照明の豊見山明長、録音の矢野正人が技術パートのチームを組んだ。
VFXスタッフにはスーパー・バイザーとしてハリウッドのアート・デュリンスキーが「眠る男」に続いて入り、VFXディレクターには、オムニバス・ジャパンの石井教雄。
冒頭のコミックスは人気の魚喃キリコが書き下ろした。
音楽は現代音楽の作曲家で、エストニア生まれのアルヴォ・ペルトのCD「Te Deum」の中から「シルーアンの歌」を使用している。
脚本は「泥の河」以来、小栗作品と歩みを共にしてきた佐々木伯と小栗監督との共同脚本となる。
製作は劇団ひまわりが幹事会社となり、大手学習塾五社が連携して製作委員会をつくった。

プロダクションノート
高校1年生の設定である主役のまちと、そのクラスメートたちを一般公募で募った。 この年齢であれば、すでに名の売れた人たちはいる。 しかし、そうしたタレントたちから私たちが受け取っている若者像は、概して一様にただ明るいだけだ。
その一方で、若者たちにまつわる犯罪報道は後をたたない。 明と暗とがくっきりと分かれていて、若者たちの心のありようが見えない。
明暗を普通に合わせ持っている、奥行きのある女の子に出会いたかった。
応募者は北海道から沖縄まで全国で7000人を超えた。 「今のわたし」という作文が応募要項にあり、その作文をふくめて書類選考した後、1500名の女の子に会った。 会場は札幌から熊本までの12ヶ所である。
まち役の夏蓮(かれん)は横浜の中学校へ通う2年生である。
映画の設定より若いが、内から出てくる力がきわめて強く、感情のあらわれ方もピュアで、幅があった。 まだ実際には高校生活を体験していない分だけ、かえって若い女の子がもつ特有の揺れや不安定さが画像に生きることになった。
高子役の榎木麻衣は宮崎の大学1年生、時絵役の松川裕美は東京の大学1年生、知行役の登坂紘光は大阪の高校2年生と全員、新人である。
マーケットは「埋もれ木」の中で特別な場所である。 どこかタイムスリップしたようなところがあって、マーケットの人々は独自な時間感覚をもっているようでもある。
暮らすという当たり前のことが落ち着いて見える人たちだ。
魚屋役の坂田明は広島大学の水産科を出ており、ミジンコの研究者としても著名である。 俳優ではないが「この映画出演は冥土の土産のようなもの。 生きていればこういういい出会いがある」と本人の弁。
大久保鷹、酒向芳たちと並んで個性的な面々がマーケットに集まった。
浅野忠信は、これまでの自らの地で演じるような芝居づくりを壊して、ゆったりとした人のいい三ちゃんを演じた。
(c) 埋もれ木製作委員会
キャスト

夏蓮
かれん
1990年横浜生まれの中学生。
バレエをはじめ、ピアノ、声楽を習い、小さい頃から密かになりたかったのが、魔女か女優という彼女。
「埋もれ木」のロケ地、鈴鹿での濃密な体験から、「魔女より女優がいい」と思い始めている。

浅野忠信
あさの ただのぶ
1973年神奈川県横浜市生まれ。
90年、「バタアシ金魚」(監督 松岡錠司)で映画デビュー。以降も「Helpless」(監督 青山真治)、「鮫肌男と桃尻女」(監督 石井克人)、「座頭市」(監督 北野武)、「珈琲時光」(監督 ホウ・シャオシェン)等数多くの注目作に出演。
03年にヴェネチア国際映画祭コントロコレンテ部門主演男優賞、04年には日本アカデミー賞優秀助演男優賞等数多くの賞を受賞している。

田中裕子
たなか ゆうこ
1955年大阪府生まれ。
81年「北斎漫画」(監督 新藤兼人)、83年「天城越え」(監督 三村晴彦)、84年「カポネ大いに泣く」(監督 鈴木清順)、88年「嵐が丘」(監督 吉田喜重)、99年「大阪物語」(監督 市川準)、01年「ホタル」(監督 降旗康男)等多数の映画出演作がある。
モントリオール映画祭最優秀女優賞、キネマ旬報主演女優賞、日本アカデミー賞最優秀助演女優賞等を受賞。

平田満
ひらた みつる
1953年愛知県生まれ。
大学在学中につかこうへい氏と出会い、演劇の道へ。「蒲田行進曲」(監督 深作欣二)では日本アカデミー賞主演男優賞等、82年度の賞を総なめに。
近年では、「命」(監督 篠原哲雄)、「私のグランパ」(監督 東陽一)、「戦場に咲く花」(監督 ジャン・チン・ミン)、「北の零年」(監督 行定勲)等がある。

岸部一徳
きしべ いっとく
1947年京都府生まれ。
グループサウンズ「ザ・タイガース」で活躍後、75年TVドラマ「悪魔のようなあいつ」にて俳優に転向。以降数多くの映画にも出演、90年の小栗康平監督「死の棘」にて日本アカデミー賞最優秀主演男優賞、キネマ旬報主演男優賞、全国映連主演男優賞を受賞。